SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

冷牟田竜之

冷牟田竜之

一年後、”L-Motion”本選にてグランプリ獲得するも解散。20歳で上京しexルースターズ井上富男と共に”ブルー・トニック&ザ・ガーデン”を結成した。87年”ブルートニック”としてメジャーデビューを果たす傍ら、同時に活動していた”東京スカパラダイスオーケストラ”(以後スカパラ)でアルトサックス奏者としてデビューする。次第にバンド活動の中心は”スカパラ”へ。数々の活躍の最中96年タイでのツアー中バイク事故で瀕死の重傷を負い、半年以上に渡り入院。退院後身体の不調に耐えながらも自らプロデューサーとなり99年ミニアルバム「火の玉ジャイブ」、01年「フルテンション・ビーターズ」等を製作。同時に所属レコード会社内に自ら中心になって”ジャスタレコード”を設立。この時期”スカパラ”の中心人物的活動を示す。”スカパラ”と平行してデビュー以降行ってきたDJ活動の発展形として、Clubイベント”Taboo”を主催。99年、”チバユウスケ”、”中村達也”等とDJプロジェクト=Roc Brothersを発足するなど活動の幅を広げ、冷牟田竜之の名前をRock界だけではなくClubミュージックの世界にもその名を轟かせることとなった。2008年自らの音楽精神を貫くため、また過去の事故による体調改善のために惜しまれつつも”スカパラ”を脱退。2010年リハビリ中にもかかわらず自らの新ユニット”DAD MAM GOD”活動の開始。同年4月SEXY STONESより1st Album 「Poems like the Gun」リリース。その後、ツアーを敢行し見事に復活を遂げた。そして2011年 4月メジャーレーベル、アリオラ・ジャパンより2nd Album 「ISN’T IT DMG?」リリース決定。いよいよ冷牟田竜之の本格的な逆襲が始まる!