SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

KOOL DJ RED ALERT

KOOL DJ RED ALERT

70年代終わり頃からサウスブロンクスのパーク・ジャム、クラブやローラー・リンクでDJプレイを始めるレッド・アラート。ヒップホップ・ オリジネーター、DJクール・ハークからDJプレイのテクニックはもちろんファンク/ソウルといったレコードのセレクションの奥深さを学び、またZULU NATIONのメイン・メンバー、DJジャジー・ジェーを従兄弟に持ち、早くよりアフリカ・バムバータからロック、レゲエ、そしてニューウェーブなどブロンクスでは聴くことのなかったスタイルのダンス・ミュージックを学んでいった。80年代後半、サウスブロンクスを代表するリアル・ヒップホップ・グループのブギー・ダウン・プロダクションズ(BDP)のメンバーとして、サウンドにレゲエをストレートに取り込みヒップホップに新たな可能性与えた。彼らのリリックからもブロンクスがヒップホップの聖地であると歌われているが、そのヒップホップ生誕の地を主張しあったヒップホップ・ヒストリーの中でも伝説的なバトル『ブリッジバトル』の舞台となったのが、BDP(ブロンクス)のメンバーであるレッドのFMステーションKISS FMとジュース・クルー(クイーンズ・ブリッジ)を率いるDJマーリー・マールがプレイするWBLSだった。後にレッド・アラートはアンクル・レッド(レッドおじさん)と呼ばれて親しまれ、80年代終わり頃、ジャングルブラザーズ、デ・ラ・ソウル、ア・トライブ・コールド・クウェストで知られるネイティブ・タングの中枢となりヒップホップ・ジェネレーションに絶大な影響を与えるDJとなった。現在も、彼のように歴史と歩み続けるレジェンドは、ニューヨークはもちろん世界に存在しない。

現在、ニューヨークの老舗アーバンFMステーション”98.7KissFM”で毎週土曜日22:00~24:00に放送されている人気番組”Late Saturday Night”で、今もなおオールドスクールやクラシックスをプレイ、多くのリスナーに驚きと楽しみを与え続け、30代や40代のリスナーはもちろん、20代のDJビートメーカー達がネタやテクニックを盗むためにチェックをしている。