SOUND MUSEUM VISION

渋谷の地下に広がるこの巨大なスペースには、さまざまな表情があります。

Qbert

Qbert

「ゴッドファーザーオブスクラッチ」と呼ばれるのにこれほどふさわしい人物が他にいるだろうか?Qbertは2000年に惜しくも解散した伝説的ターンテーブリスト集団Invisible Skratch Piklz(I.S.P)の元メンバーである。彼らはスクラッチングを聴覚的には言うまでもなく視覚的にも究極のエンタテイメントに昇華し、スクラッチの社会的地位向上に貢献してきたとんでもない集団だ。その中でも特にQbertは信じられないくらいの異才を放っていた。彼が世界的DJチャンピオンシップである’DMC World DJ Chanpionship’のグループ部門で1991年から1993年までApollo、Mix Master Mikeと共に王者として君臨したものの、そのスキルゆえに「後進に道を譲る」という形で出場を拒否され、審査員側の椅子へとポジションを移したなどと言う話はあまりにも有名である。テクニック的に巧いバトルDJにならば、練習を重ねればなれるかもしれない。’センス’という最大の要素のことを考えなければ。―そして、Qbert自身は既にバトルDJを引退しているにもかかわらず、未だにQbertを越すセンスを持ったDJは出て来ていないというのが世間の認識である。言ってみればQbertは異常だ。あのカリスマ性は一体どこから出てくるのだろう。私に分かることといえば、Qbertが「どこで、何を、どうすればいいか」―つまりどのタイミングでどの音をどう処理するかということだが―\\瞬時に判断して生み出した効果は、聴衆の脳をわしづかみにして離さないほど、的確なものになるということだ。彼は、スクラッチという雑音で冗談を言い、雑音で人をけしかけたり、雑音で人を感動させることができるのだ。I.S.P.時代、彼の使命はターンテーブルを楽器として認識させることであった。そしてそのターンテーブル=楽器という方程式が当たり前のものになった今、彼のターンテーブリストとしての使命は、いかにターンテーブリズムを音楽として高めていくべきかをシーンに示すことではないだろうか。これほど影響力を持ったDJは他にいないのだから。今やターンテーブリストとして確固たる地位を築き、ファンにとっては雲の上の存在に近いQbertであるが(I.S.P.時代は異常な位おちゃめな面をよく覗かせていたが、最近はむしろ仏陀よろしく悟りを開いたかのようなことを言うことが多い)、彼はやはり今でもターンテーブリズムを世に広めるべく積極的にライブパフォーマンスに繰り出し、その姿に魅了されるフォロワーは決して後を断たない。 http://www.djqbert.com/